1. 武漢 概況
武漢は 3500 年の歴史を持っている文明古城であり、全国のもっとも早期に築かれた特大の町に数えられる。武漢は湖北省の省都であり、人口は 800 万人で、面積は 8467 平方キロである。武漢は長江の中流に位置し、ここで合流した長江と漢水の流れによって、三つの町に分けられている。武漢は中国大陸の真中にあり、全国の鉄道、水路、道路、航空および電信の要衝である。 * 武漢の別名は江城と水城で、水面の総面積は 2187 平方キロに達し、中国に置いては有名な都会である。高山流水(お互いによく分かっている友達の喩え)という言葉の語源は武漢にある。武漢は白雲黄鶴の里だと言われている。封建王朝を倒すための最初の武装蜂起は武漢で行われた。武漢は国務院に定められた歴史文化名城の一つである。武漢市は中国観光局に定められた優秀観光都市の一つである。武漢市はユネスコに「持続発展企画できる都市」に定められた都市である。武漢に「チャイナフォトにクスバレー」が誕生し、ここはハイテク、光およびエレクトロニクス製品の生産地である。武漢は中国中部地区の工業、金融、商業、科学研究および文化教育のセンターである。
歴史
武漢の歴史文明は 3500 年前の盘竜城に遡ることができる。
盘竜城は黄陂県内にあり、長江流域の一番古い商の時代の古城である。春秋戦国時代に武漢周辺は楚国の領土であったため、楚文化は現在の武漢文化の源となっている。武漢は地理環境と発達した水運にめぐられ、古くから商業貿易センターと兵家の争う地である。 18 世紀の漢口は中国四大名鎮の一つであった。 1861 年に外国向きに開放後、漢口は中国内陸の最大の通商港になった。 1911 年に辛亥革命の最初の武装蜂起がここで行われ、これによって、 2000 年間渡った封建制度が倒され、中国歴史の新しい一ページを開いた。
地理位置
武漢は江漢平野の東に位置し、東経 113°41′-115°05′ 、北緯 29°58′-31°22′ である。世界三番目の大河ー長江とその最大の支流ー漢水がここで交流し、武漢を武昌、漢口、漢陽と三つの町に分かれている。武漢市の総面積は 8467.11 平方キロである。
武漢は平野地帯から低山丘陵への過渡区に位置し、中部は地勢低くて、南部は丘陵が多く、北には低山が林立している。面積の 80% 以上は丘陵と平らな平野地帯である。
武漢は東南季節風気候区にあり、亜熱帯から北亜熱帯への過渡区に属している。四季がはっきりとしている。毎年一月の平均気温が一番低くて、 7 、 8 月の平均気温が一番高い。
武漢の淡水資源に富み、長江を始めとする水面総面積は 2187 平方キロに達する。
商業貿易
武漢市に 6 万余りの商業機構、 10.7 万箇所のセールス場、 300 余の自由市場、 8 個の商業センター、 12 本の商店街がある。 10 社のデパートは中国最大最強の 100 社デパートの中に入っている。
工業
武漢の工業業界を大別すると、 33 種類あり、細かく分けると 387 種類ある。工業区は 13 箇所ある。武漢の重点的な支柱産業は車、鉄鋼、機械電気、光エレクトロニクスとハイテク産業である。
金融、保険
武漢市には 147 箇所の金融機構、 440 箇所の銀行営業部があり、中国三大保険会社は武漢で分社を設立した。
フランスの興業銀行が武漢で分社を設立し、香港の汇豊銀行、イスとアジア銀行、日本の第一勧業銀行、日本興業銀行、オランダ銀行と日本海上火災保険株式会社も武漢で事務室を設けた。
通信
武漢は中国南部 7 省の電話電報、郵便転送と雑誌新聞発行の中心となっている。 110 の国家、地区と郵便連絡でき、 148 の国家、地区と電話で通話できる。
科技教育
武漢の大学教育、科学研究の総合実力は中国三番目となっている。 10 余の国家的な試験室と国家クラスの技術センター、30個の大学があり、 26 名のアカデミー会員と 25.2 万人の大学在校生がおる。 |